風本真吾の健康談話

脂肪食と心筋梗塞

男の平均寿命は80歳に到達しています。戦後すぐのころの平均寿命が52歳であったことを思い起こすと、驚きの長寿命化です。
60歳になった男の人が、30年後に90歳で生きている確率は、21%です。メジャーな10個の病気(心筋梗塞、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血、肺炎、肺ガン、胃ガン、大腸ガン、肝臓ガン、すい臓ガン)をうまく予防すれば、90歳で生きている確率は、53.5%になります。(「自分の寿命を管理する本」(東京新聞出版局)参照)

メジャーな10個の病気の中で注目してほしいのは、心筋梗塞です。心筋梗塞は、心臓を取り巻く動脈(冠動脈と言います)のどこかが詰まってしまって、その先の下流域に血液が流れなくなり、その部分の心臓の筋肉が壊死してしまう病気です。
心筋梗塞が発症しても、心臓の拍動リズムや収縮力が維持されれば、生き延びることができます。生き延びてしまえば普通に生活できます。
何の前触れもなく突然発症することが多く、「つい昨日まで元気だったのに」という場合がほとんどですので、心筋梗塞が多い欧米先進国では、非常に恐れられている病気です。日本でもメキメキ増えているのは言うまでもありません。

今では、心筋梗塞の発症と、食生活が密接に関係していることは、よく知られています。しかし、第二次世界大戦の前までは、食生活と関係しているなど、まったく想像つかなかったのです。きっかけになったのは、第二次世界大戦中に北欧諸国で心筋梗塞の発症が減ったという調査結果です(図1)。

心筋梗塞が減った国々では、ヒットラーによる食糧徴発のために、十分に食べることができず、粗食になっていたのです。「粗食になれば、心筋梗塞が減る」という図式がまず出来上がったのです。
そのうち、粗食といっても、食事のどの成分と連動しているのかが調べられるようになりました。その結果、「脂肪である。脂肪の摂取が減ると心筋梗塞が減る」という図式へと進歩したのです。逆に言えば、「脂肪食が心筋梗塞をもたらす」というセオリーになります。

1960年代、70年代にこのセオリーはさらに進歩しました。「脂肪を多く摂取すると、血液中のコレステロールの濃度が高くなる。このコレステロールが動脈硬化をもたらし、心筋梗塞の原因となる」というセオリーへの進歩です。
以後、コレステロールのことは、医学者の研究ターゲットとなりました。「この分野の研究で名を挙げて、立身出世を遂げるぞ」と気合を込めた医師がたくさんいたことでしょう。

その研究の中で、悪玉(LDL)コレステロール、善玉(HDL)コレステロールなどの研究が進み、「コレステロールがこのようなメカニズムで動脈硬化を促進する」に関して、多くの議論が交わされ、莫大な数の論文が発表されました。そして、1987年には、ついに「コレステロールを下げる」という薬が開発され、世に出回るようになり、わずか数年でとんでもない量が販売されるようになりました。その後も研究は続けられ、「酸化型コレステロールが真の悪玉だ」などという話も生まれ、多くの研究者の賛同を得ました。
それらの過程で、多くの医学者が自己の研究成果で、「教授」の地位を手に入れ、今では、医学界の重鎮となっています。

さて、「脂肪食→高コレステロール血症→動脈硬化→心筋梗塞」の図式が、表街道で脚光を浴びる真っ盛りの時に、ひそかに、裏街道の研究が進められていました。それが、エスキモーの疫学調査から端を発した研究です。
グリーンランド(デンマークの一部)のウパナビック部落で漁師、猟師を営む大勢の人々に対して25年間分の追跡調査をしてみたところ、心筋梗塞の発症が同じ年齢群のデンマーク人に比べて、10分の1以下だったのです。このウパナビック部落の人たちは、大量の脂肪を摂取しています。「脂肪食→コレステロール→動脈硬化→心筋梗塞」の図式が当てはまりません。

そこで、脂肪の種類の問題が重視されるようになりました。エスキモーが食べている脂肪は、トド、アザラシなどの海獣の脂肪だったのです。
一方、それとは別に、1980年代には、「炎症に関する反応メカニズムであるアラキドン酸カスケード」(※カスケード:段階上に反応していく一連の化学反応経路)が解明され、この分野が研究者の関心を強く呼び起こすようになっていました。
アラキドン酸の研究の結果、「アラキドン酸から合成される諸物質が、炎症、痛み、そして、血小板凝集の原因となる」という図式が明確になってきました。「血小板凝集の原因になる」ということは、血管内で「血小板の塊」ができやすいということであり、「その塊(血栓)が冠動脈に詰まって心筋梗塞を発症する」という話に直結します。

このアラキドン酸は、植物性脂肪のリノール酸が、体内で変換されてできる化学物質です。つまり、「脂肪食→アラキドン酸→血小板凝集→心筋梗塞」の図式が生まれ出たのです。この図式が強調されるようになったのは、1990年前後、つまり、コレステロールの薬が世に出回って、全盛時代となっていた最中なのです。

ところで、エスキモーになぜ心筋梗塞が少ないかというと、青魚の脂肪に含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)が、アラキドン酸の作用を抑えるからなのです。青魚を食べるトド、アザラシの脂肪には、EPAが多く含まれており、それを食べるエスキモーの身体には、EPAが多く蓄積するのです。つまり、「魚食→EPA→アラキドン酸抑制→血小板凝集抑制→心筋梗塞著減」という図式になるのです。

一方、2003年ごろから、「コレステロールの薬を使って、コレステロール値を低下させても、実は心筋梗塞の発症率は減っていなかった」という論文が相次いで発表されるようになってきました。コレステロールが関係なかったことが時間とともに証明されてきているのです。

コレステロールの研究で名を挙げて高名になった医師たちは、これらの話が世に出回るのを望みません。自分たちの研究が「的外れ」であったことを認めることになるからです。
また、コレステロール薬が莫大な売り上げを誇るようになっている製薬会社もこれらの話が広がることを望みません。
まったりとした味わいの美味しい食品には、大量のリノール酸(アラキドン酸系)が含まれていますので、食品業界も望みません。食用油の業界も当然望みません。
医師にとっては、長年処方してきた自己の診療活動と患者への説明を否定することになるので、耳を塞いでおきたい話になります。
アラキドン酸系の話を世に広めることには、産業界に大きなデメリットが存在するのです。

健康を守るためには、薬を処方してくれている医師の言いなりになってばかりではいけない、ということかもしれません。

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