風本真吾の健康談話

急須に入れたお茶を復活させてください

お茶の真の価値は、熱いお湯を急須に注いで濃く入れたお茶にある

「お茶を飲む」といえば、ほとんどの若者はコンビニでペットボトルのお茶を買ってきて飲むことを達想するようです。昔は、大きなヤカンで水を沸騰させて、麦茶を煮出したり、急須に茶葉を入れて熱いお湯を注いだりしていたものです。
ペットボトルのお茶は、便利で簡単なので、主流化する事情はよく分かります。街中のあちこちにコンビニができたことも、ペットボトルのお茶の流行に拍車をかけています。急須に入れたお茶を飲む機会は減る一方です。

お茶に関して調べてみました。なかなか面白かったです。「チャノキ」(茶樹)という名称の木から生葉を摘み取るのが、お茶づくりの第一歩目だそうです。
それをどのように加工するかで、煎茶になったり、抹茶になつたり、ウーロン茶になったり、ジャスミン茶になったり、紅茶になったりします(ただし、抹茶は摘み取る前に、チャノキにある操作を加えるそうです)。
お茶は西暦800年前後に、遣唐使の手によって中国から日本に伝わったとされています。文献による最初の確認は、815年に著された日本後記で、「嵯峨天皇に、大僧都永忠が、近江の梵釈寺において、茶を煎じてたてまつった」と記載されています。
鎌倉時代、社会の上層部において、茶葉を煎じて飲むことが広がりました。栄西が記した「喫茶養生記」を読むと、茶が医薬品的な意味合いをもつものとして利用されていた気配がうかがわれます。

以後、室町期の南北朝時代に、寺社が中心となって茶園づくりが進められ、伊勢、伊賀、駿河などに、お茶の栽培が広がったようです。南北朝の頃には、お茶の産地を当てあう「闘茶」が行われていたそうですから驚きです。
この時代に、足利義満が宇治のお茶に特別の庇護を与えたことから、宇治茶のプランドが形成されました。16世紀後半に干利体によって「茶の湯」が完成し、茶道の形成となりました。
江戸時代、お茶は庶民に広がりました。庶民に飲まれていたのは、抹茶ではなく、茶葉をただ煎じた(煮出した)だけのものだったようです。18世紀に永谷宗円が製法を改良し、馥郁たる香りを生み出すことに成功し、現代に至る日本茶の主流となりました。
この製法は「宇治製法」といわれ、日本茶はこの製法によります。これをさらに高級化するために改良が施されたのが、玉露の製法とのことです。
明治時代には輸出品として扱われ、明治20年頃には、日本茶は日本の輸出総額の20%近くを占めていました。

さて、私はお茶に対して、強い思い入れがあります。中学3年生の頃、家に「玉露」と書かれた物々しいお茶がありました。その葉を急須に入れ、熱い湯を注ぎ、濃い目にして飲むと、妙に冷静になり、頭がさえてくるのです。
この頃、私は玉露を飲みながら猛烈に勉強し、学力をグングンと向上させ、今に至る基礎を作りました。そんな経緯がありますので、私はお茶に頭脳の活動を向上させる作用があることは間違いないと思っています。

私はベットボトルのお茶をよく飲みます。便利だからです。しかし、頭がさえることはありません。ペットボトルのお茶は、お茶の色合いを持って、お茶的な味がするだけの、ただの飲み物にすぎないのです。同じように「お茶」といっているのを改めなければいけないようにも思います。
お茶には、心と脳に作用する確かな効果がなければいけません。

最近の日本には、適応障害というか、精神不安定というか、うつ状態というか…心を病んでいる人が増えていると思いませんか?老後不安やパソコンの導入による仕事の高度化などに原因がある、といわれていますが、それらの精神的不安定性は、ペットボトルのお茶の流行とタイミングを合わせています。急須に入れた濃いお茶を見かけなくなったのが、原因かもしれません。
お茶の成分といえば、カフエインを連想します。カフエインには利尿作用があり、下半身のむくみを解消します。急須に入れた熱いお茶には、その効用があるのです。しかし、ペットボトルのお茶で下半身のむくみを解消できるなどとは、誰も連想しません。そういえば、「足がむくむ」という人が増えている気がしませんか?

成分としてカフェインが有名ですが、忘れてはいけないのが「テアニン」です。
テアニンには、脳の視床下部を安定化させる作用があります。喜怒哀楽の感情、イライラする、落ち着かない、不安だ、などの情動は脳内の視床下部で感知されています。
そういえば、感情、情動に乱れが生じて、ヒステリックになっている人が増えていると思いませんか?濃いお茶を飲む風習がなくなったからかもしれません。

テアニンは、視床下部を安定化させることで、脳全体の機能を高めます。特に、記憶に関する海馬の機能、判断、理解、推測に関する前頭葉の機能を活発化させるベースになります。子供の学力向上には必須の成分です。この役割はペットボトルのお茶で果たせるものではありません。

コーヒー、紅茶に対し、お茶が淘汰された原因の一つは「湯飲み」にあります。湯呑みに注がれた熱いお茶、実は、飲みにくいと思いませんか?湯飲みそのものが熱くなる上に、両手で抱え込むような飲み方も面倒なものです。飲みやすさという点では、取っ手のついているコーヒーカップやティーカツプにかないません。文化的なこだわりには目をつむって、コーヒーカップやティーカップにお茶を注ぐことを私はお薦めします。手軽に、濃いお茶を飲めるようになります。

急須に入れた濃いお茶お茶の真の価値は、熱いお湯を急須に注いで濃く入れたお茶にあるのです。濃い味わいにあると定義するべきかもしれません。子供の学力向上のため、溶用静に語り合える夫婦仲のために、家庭内では「急須に入れた濃いお茶」を復活させてほしいと願っています。

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