風本真吾の健康談話

突発性難聴、めまい、耳鳴り・・・私自身が経験して(2)

内耳道においては、顔面神経も一緒に走行しています。もしかしたら顔面神経麻痺も伴うかもしれません。それはちょっと困ります。私は焦って、口を大きく横に開いて「イー」としてみたり、目をギュッとつむってみたりしました。どうやら、顔面神経麻痺はなさそうです。
そうしているうちに四谷三丁目駅に着きました。まっすぐ歩けるだろうか、前庭神経もやられていそうなので、まずそれを考えます。幸い、わずかにフラフラしながらも、立ち上がって歩くことはできました。手すりを伝わって、階段を上ることもできました。しかし、めまいと吐き気を感じます。地上で少し休んで、タクシーを拾ってクリニックに到着しました。

それから30分後、プライベートドクターシステムの会員を迎えて、診療しようとしましたが、座っているだけでめまいがひどくなってきます。そして冷や汗が大量に出てきました。ギブアップして、診療を中止し、横になったのでした。
横たわっているとめまいは全く感じません。しんどい、だるい、発熱などがあるわけではなく、頭もさえています。しかし、起き上がると目の前の景色が揺れ動く感じがして、身体を起き上がった状態で保てず、強烈なめまいと吐き気がして、倒れ込んでしまいます。私は、その昔、救急外来を担当しているときにこのタイプの患者をよく診ました。ベツド上に寝かせて1週間ほど安静にしていれば、たいていは回復します。大した治療は行いませんが、ステロイドを投与することがあります。自分の身体にその治療を施すべきか、悩みました。患
者への治療では悩まないのに、自分に治療するときは悩むのだから、不思議なものです。結局、妥協策として花粉症注射で用いるステロイド剤を注射して、その後、横たわったまま、安静にしました。大した治療方法もないのに、検査ばかり積み重ねる事を知っているので、病院に行く必要はないと思いました。
まったく聞こえない沈黙の右耳は、2日目くらいから低音の耳鳴りが始まり、3日目からは徐々に高音の耳鳴りへと変化してきました。3日目の夜にフラフラしながらも、抱えられて外出して座位をとりました。このころは座っていてもじっとしている限りは、めまいがなくなっていました。「自分の身体だから思い切ってやっちゃえ」と研究のつもりでお酒を飲んでみました。飲酒中に悪化することはなく、それどころか翌朝、急に回復した感じがしました。
丸5日たった今、パソコンに向かって、この文章を書けるほどに回復しました。高音の耳鳴りは続いていますが、右耳に音は入ってきているようです。
1週間で治ることを知っている私でさえ、「もしこのまま治らなかったらどうしよう」という不安はありましたから、患者の心のケアは思っていた以上に重要であることを悟りました。

さて、この一連には思わぬ副産物がありました。
めまいの治療薬として「メリスロン」という薬があります(写真1)。

目立った副作用がないので、わりと気軽に処方しやすい薬です。今回の平衡感覚障害の騒動の発症時から内服していました。発症の急性期に内服していても効いているのかどうかわかりません。
1週間程たって、不安げながらも歩けるようになったころ、そろそろ薬をやめてみようかという気になり、メリスロンを中断しました。すると立っているときにフワフワとした浮遊感が現れたので、慌てて薬を再開しました。すると、浮遊感はなくなりました。そのときに、「ああ、この薬、よく効いていたのだなあ」ということを知りました。心理的に薬を手放せなくなりました。そういえば、メリスロンを一度処方した患者は、いつまでもメリスロンを飲み続けたがります。この不安心理が原因でしょう。
メリスロンを飲んでいるとよく眠れます。この熟睡感も気に入り、2週間たっても飲み続けました。そして、3週目に入ったころのことです。
会話の際に、ある単語が思い浮かばなくなったのです。寿司屋の親父さんと、ある共通の知人の消息話をしているときでした。
「ほら、あそこ、足立区に向かうときの高速道路の途中の出回の・・・」どうしても、その地名が出てきません。私にとっては、そんなことは初めてのことです。脳内に格納されている
記憶を引っ張り出すことを「想起」と言います。この想起の力が低下しているのです(想起障害)。地名だけでなく、人名を思い出せず、「ほら、あの人、あの・・・」を繰り返してしまいます。当たり前ですが、想起力が優れている人でないと、愉快な会話を続けることができず、大量の文章を書くこともできません。

私は、強い心理的ショックを受けました。あの病気のせいで、脳が一気に衰えたか・・・。加齢に伴う脳の衰えか・・・。今後の原稿、書けるだろうか・・・。しかし、次の瞬間、ハッと気づきました。
「薬のせいかもしれない」と。メリスロンを中断しました。すると、翌日には、想起の障害から回復しはじめ、2~3日で脳が活性化されました。
メリスロンの添付文書を見て副作用を調べてみましたが、「想起障害」などどこにも書いていません。皆さんが、「年のせいで一言えた」と思っていることは、意外と薬の副作用なのかもしれないのです。

前のページへ戻る