四谷メディカルクリニック(通称:四谷メディカルサロン)院長の研究活動の歴史

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03-3225-1515

院長の研究活動の歴史

病気でない人への医療、病気になる前の医療を研究してきた風本院長は、数々の医療システムを発明してきました。それらの開発・発明の経緯を説明します。

「健康管理の学問化」って、どうすること?

私は、6つの生涯テーマを掲げて活動しています。そのうちの一つが、「健康管理の学問化とその学問に基づく実践指導」です。私が平成4年に四谷メディカルサロンを開設し、プライベートドクターシステムを創始したのは、まさに、健康管理を指導するという医療を実践しながら、健康管理を学問化しなければいけない、という思いからでした。

進む健康志向

平成3~4年の頃、「健康管理が大切だ」と言われ始めていた時代でした。それ以前は「24時間戦えますか、ビジネスマ~ン」というコマーシャルに象徴されたように、健康をすり減らしてでも働き抜く、というのが美徳とされていました。平成初期のバブル経済がはじけた後、健康への意識が急速に高まり、「健康管理が大切だ」と言われるようになったのです。
また、健康に関する知的欲求が高まりだしたのです。診療現場では、患者側は「すべてお任せします」というのが当然でしたのに、「理解できない。納得できない。ちゃんと説明してほしい」の風潮が生まれました。マスコミもそれに合わせて、「医師の説明不足が甚だしい。医師への不信が高まる。医師は説明義務を負っているはずだ」と声高に叫び始めました。診療現場は、患者の欲求に応えることができず、大混乱を起こしました。

虚実の駆け引き

平成4年の当時は、ガンを告知しないのが当然でした。つまり、患者とその担当医の間には「虚実の駆け引き」が存在し、嘘がまかり通るという、いや「嘘も方便」という特殊な人間関係が成立していたのです。いや、これは過去のことではありません。今もそうです。
医療機関にとって、診療現場というのは、患者の治療を遂行する場であると同時に、研究を推し進める現場でもあるのです。この「研究を推し進める現場である」というところに、やはり虚実の駆け引きが存在しています。診療現場における医師と患者の人間関係は複雑なものであり、一筋縄ではいかないものなのです。患者本位と言いながらも、研究第一主義の要素は秘められており、病院内のパンフレットや掲示物、配布物には、その気配が見え隠れしています。そのような実情も含めて、法律上は、「すでに来院している者に対して、院内で配布されたパンフレットなどは広告と見なさない。単なる情報提供や広報とみなす」と定義されています。

きっかけは先輩医師との会話

診療現場の特殊性はさておき、私が「健康管理の学問化」を掲げて、四谷メディカルサロンを創業した当時は、健康管理は学問として成立しておらず、「健康管理ってどうすること?」に答えることさえできない時代でした。
「毎朝、散歩すること」「お酒はほどほどほどに」「太り過ぎはダメ」「年に1回、人間ドックを受診」など、直感的な個別の事象が存在するだけで、健康管理が学問として統合される気配さえない時代でした。当時、大学院生として研究者の道を歩んでいた私は、あることをきっかけに、この健康管理の分野に強烈な関心を持つことになりました。あるきっかけとは、ゴルフ部の先輩医師が、昼食後に1錠の薬を内服した後の次の会話です。

「あれ、先生。今、薬を1錠飲みましたね。何かの病気なのですか?」
「これはアスピリンだよ。これを毎日飲んでいると、心筋梗塞の発症が40%低下する。そのことはアメリカの研究報告で確実的だ」

私はその話を聞いた瞬間に、脳内に電撃が走りました。
「病気でない人に一つの積極的な取り組みを行って、致命的な病気を発症しないようにする」
これはまさに一大事業であり、一大学問です。医師の仕事は「病気になった人を治療する」ことであり、その診療を支えるために健康保険制度が存在しています。健康保険制度が行き渡っている日本では、すべての医師が「病気にかかった人の治療」にしか関心を持たなかったので、病気でない人への医療は、まさに盲点だったのです。

その際の私の気づきは、
「そうか。今現在健康な人に、ある医療行為を施して、病気にかからないようにする。まさに積極的予防医療の概念だ。そういえば、健康管理を重宝する風潮が社会全体で高まっているが、健康管理がどうすることかさえはっきりしていない。それは、健康管理が学問として成立していないからだ」
でした。当時、私は28歳で、肝臓病学を研究する大学院生であり、慶応病院の内科外来(火曜日の内科外来14番)を担当している身でした。

健康管理を学問にする

「健康管理を学問にする」とは、どうすることでしょうか?例えば、肝臓を例に挙げて、肝臓病学を考えてみましょう。
肝臓という臓器が、どんな形状をしていて身体のどこにあって、周りの臓器とどのように関連しあっているか(解剖学)、肝臓を顕微鏡で見るとどのような姿をしているか(組織学)、肝臓が人体においてどのような役割を演じているか(生理学)、肝臓の正常や異常はどこで見分けるか、肝臓病にはどんな病気の種類があり、どんな症状を出すか(診断学)、その病気においては、肝臓の細胞を顕微鏡で見るとどのような姿に変化しているか(病理学)、どんな治療を行えば、どのような成果が得られるか(治療学)など、肝臓に関する全体像はほぼ完全に解明されています。肝臓病研究者は、その全体像の中の珍しい病気のごく局所を深めていくことを研究テーマとします。
病気になった人を診断して治療する医学に関しては、肝臓、脳、心臓、大腸、肺など、ほぼ全領域に関して全体像、全体の姿かたちが完成しているのです。研究者はそのごく一部を研究し、改良を加えることを生涯の業とします。
しかし、健康管理に関しては、全体の姿かたちがまったく存在していません。だから、「健康管理とはどうすることですか」にさえ答えることさえできないのです。当時の医師は、「早期発見、早期治療が大事だよ」などと言っていましたが、そのようなものは健康管理の答えになっていません。

私の前に道はない、私の後に道はできる

そこで私は、健康管理を学問にしたい、と強く思ったのです。
「その学問を追求したい。健康管理学は、総論的なことさえ、ぼんやりとしたイメージがあるだけで、明確化されていない、まったくのホワイトキャンパスだ。私は生涯をかけて、健康管理を学問化する。現状は健康管理学の姿かたちさえ存在しない。そこに私は道を作る」

そう思ったら、いてもたってもいられなくなりました。しかし、平成4年当時、大学医学部の中に、そのような研究部署はありませんでした。医療機関全体でも、病気でない人に対しては人間ドックしかありませんでした。
そこで私は独自の道として、慶応病院の近所に自分の研究室の代わりに、「四谷メディカルサロン」という診療所を開設し、プライベートドクターシステムという会員制の健康管理指導システムを始め、訪れてくれる人に健康管理指導を行うと同時に、その人たちを研究対象にさせていただいて、健康管理の学問化に動き出したのです。

ということは・・・。現実の世界では、「健康管理の学問化とその学問に基づく実践指導」というのは、「健康管理の実践指導を行いながら、健康管理を学問化していく」ということなのです。私の前に道はなく、私の後ろに道ができる、という学問研究の人生を志しました。私が作った道の各局所を後進の医師たちが深めて固めてくれれば、この学問は完成していく、という思いだったのです。

健康管理学の総論づくり

はじめに

一般的に医学は、内科学や外科学、産婦人科学というように治療行為の内容(手術するかどうかを含む)や身体の部位によって、学問分類されています。そして、それぞれの学問は人類の長い歴史の中のここ1~2世紀で急速に進歩して、全体の姿かたちが出来上がっています。
今の医学者は、全体像が出来上がっている○○科学(内科学、整形外科学、泌尿器科学など)の一つの領域を深く勉強し、その中のごく一部を掘り下げていくことを医学研究と言っています。そして、掘り下げた内容を論文にして発表します。論文発表を積み重ねて、医学者として名を挙げて、やがて教授の地位を得ます。それが研究者の人生です。

健康管理とはどうすることか?

さて、私が創業した時点(平成4年)の学問としての健康管理学は、どんなものだったのでしょう。実は、全体の姿かたちがありませんでした。「健康管理とはどうすることか?」に答えることさえできないのです。つまり、総論が存在しません。学問として、まったくのホワイトキャンパスでした。ホワイトキャンパスどころか、健康管理学という単語がなかったのですから、キャンパスそのものが存在しませんでした。
あの当時、先輩医師や同輩医師に次のようなことをよく尋ねてみました。
「これからは健康管理が大切だ、と世間では言われているようです。健康管理ってどういうものですか?」
回答は、つぎのようなものでした。
「我々は、病気になった人を治療するのが仕事だからなあ。あまり考えたことはないなあ」
というのもありましたが、一般的には、

  • 「食事と運動に気をつかうことじゃないかな」
  • 「ストレスがないようにすることが一番だね」
  • 「まず、太らないことだと思う」
  • 「早寝早起き。腹8分目」
  • 「年に1回人間ドックに行くことだよ」

などでした。それらは、健康管理を実践する上での一手法であって、「健康を管理する」の定義になっていません。

ゼロからの体系づくり

何かに取り組むことによって、病気の発症率を下げる。それは確かに健康管理の一手法です。私に衝撃的なきっかけを与えたアスピリンの例があります。しかし、それが健康管理のすべてではありません。積極的な予防医療の手法はありますが、そんなものは健康管理全体像の一部に過ぎないのです。
「健康を管理するとはいったいどうすることなのだ」
それを考える日々を続けました。健康管理の定義とは・・・。
平成7年に発刊された私の処女作「一億人の新健康管理バイブル」(講談社)に、私は次のように書きました。
「自分の健康状態を分析し、それに応じて、医学的根拠のある生活体系を築き、病気にかからず、活力ある生活を営み、結果として長生きできるようにすること。そして、それが健康管理に関する、自分自身の知性と判断力を中心としていること。これが健康管理です」
当時の最新鋭の考え方でしたが、今、思えば、まだまだ未熟な答えでした。健康管理の定義にしては、ごちゃごちゃ言い過ぎています。そして、健康管理に取り組む人の健康、人体に対する知識が乏しいことを嘆き憂いていた私の特化した信条まで、含まれています。これは、とても健康管理の定義と言えるものではありません。それを出版して、1万3千部あまり売れてしまったのですから、恥ずかしい限りです。

姿かたちが見えてきた!

健康管理の定義を考え、思い悩む日々は続きました。そんなある日のことです。創業した会社を大きく育てたある会員(プライベートドクターシステム)と、診療の場で次のようなやりとりがありました。「一億人の新健康管理バイブル」を発刊して1年近くたった平成8年夏のことです。
「会社を大きくしていく上で、最も大切なことは何ですか?」
次のように答えてくれました。
「まず、目標を設定すること。売上だけでなく、人事、経理、その他すべてにわたって目標を設定し、その目標を実現するための戦略を練ること」
それを聞いた瞬間、私はハッと気づきました。
「健康管理も同じだ。まず目標設定だ。自分の身体を将来このようにしたい、という目標を作り、それを実現するために戦略を練って実行する。それが健康管理だ」
では、「自分の身体の将来の理想像とは?」
それを考えることになりました。
そして、まず、初期の答えを得ました。当時、会員の皆さま向けに発行していた月刊「アラ・サルーテ」(現:月刊メディカルサロン)の第25号(平成8年11月号)に次のように記載されています。
「90歳でも頭脳明晰で、自分の足でどこにでも行ける」ことを、健康を管理することの最終目標におくのです。その上で、その目標を実現するための肉体のコントロール戦略を練るのです。

かなり進歩しました。創業以来考え続けて、もう丸4年が経過しています。さらに洗練させるために、健康管理指導の診療現場で仕事をしながら、会員とのコミュニケーションを続け、考え方を進歩させました。

健康管理に三態あり

平成11年9月、ついに進歩の成果を、東京新聞の連載コラム「40歳からの健康管理」と月刊アラ・サルーテ10月号に、発表したのです。
健康管理に三態あり。すなわち、寿命管理、体調管理、容姿管理である。寿命管理とは、死に直結する病気に対して「こうすればその病気にかからない」を積み重ねること。体調管理とは「元気だ。体調がいい。絶好調だ。食欲もあり、意欲もある。風邪もひかない」という肉体を維持すること。容姿管理とは、何歳になっても若々しい姿を維持すること。これら三態の健康管理の手法を身につけて、「90歳を超えるまで、頭脳明晰で容姿麗しく、自分の足でどこにでも行ける」を達成してほしい。
と述べられています。ここには、健康管理を3分類したうえで、それぞれの目標設定が盛り込まれています。このコラムは、反響を呼んで、一般の読者だけでなく、医師からの問い合わせがかなりあったものです。以後、大学医学部に健康管理系の教室が設立されはじめました。

幹から枝葉へ

健康管理の定義の基礎イメージを創り上げるのに、7年の歳月を要したのです。この定義に基づき、「今現在、病気でない人に、どのような医療を提供できるか」の研究を深め、「病気でない人への診療システムを築き上げて学問化させる」という道へと邁進し始めたのです。その中で各論として、

  1. マジンドールダイエットシステム
  2. プラセンタ医療体系
  3. 食生活欧米化による疾病を予防する体質作り(EPA体質)
  4. 成長ホルモン医療体系(気力、体力、容姿を若返らせる)
  5. 子供の背を伸ばす医療
  6. 疲労回復の医療
    などのそれまで世に存在しなかった診療システムを築き上げました。健康管理学は、長期間の研究を必要とします。
  7. 膵臓疲弊を阻止して、糖尿病発症を抑える診療システム
  8. 軟骨を中心として筋肉骨格系の衰えを防止する診療システム
  9. 免疫力を高める診療システム
  10. 栄養素品(サプリメント)を幅広く導入した診療システム
    などは、さらに研究を続けています。
これぞ、健康管理

その後、健康管理の定義はさらに洗練され、平成17年3月に発刊された「自分の寿命を管理する本」(東京新聞出版局)には
健康管理とは、「90歳を超えても、頭脳明晰で、自分の足でどこにでも行けて、痛い、痒いがなく、意欲あふれ体調絶好調。そして、見た目の姿は50歳」を目標として、それを実現するための諸行為である
の旨が掲載されています。
さらに平成27年に著した「予想医学検定」の教科書には、
健康管理とは「90歳を超えても、頭脳明晰で、自分の足でどこにでも行けて、意欲高く、疲れを知らず、見た目の姿は50歳」を目標として、それを実現するために取り組む諸行為である
とまとめられています。

短い文章でまとまったものです。ゼロからの学問づくりというのは、存在する学問を深めていくのに比べて、ものすごく時間がかかったものだなあ、と思ったものです。

マジンドールダイエットシステム

病気の人の治療を行う診療現場には、ダイエットを指導する医療が存在しなかった。そこに、医療行為としてのダイエット指導システムを築きあげた

「積極的予防医療を活用して、病気でない人に対して実践的な健康管理指導を行う」
と意気込んで、平成4年に診療所である四谷メディカルサロンを開設し、プライベートドクターシステムを創始しましたが、当時は、アスピリン、ピロリ除菌以外に、抗酸化作用(ガン予防に連動する)を目論んだβ-カロテン、ビタミンC、ビタミンE、そして飲酒過多の人に対する点滴療法(後にプラセンタ医療に発展する)以外に、実践的な取り組みはなく、家庭教師スタイルで、健康、人体、医療を教える、という程度の活動しかできませんでした。この家庭教師スタイルのおかげで、後に、新しい医療システムを次々に作り出すことになるのですが、当時は、そんなことは思いもよらないことでした。

そんな日々に劇的な変化をもたらしたのが、ある業界新聞社を創業したK社長との出会いでした。100㎏を軽く超える身体を揺さぶり、10種類以上の薬を飲んでいます。バブル時代は相当にご活躍になられたようで、当時の「富の象徴」とされていた過体重の体格を持て余していました。しかし、本人は「富の象徴」ではなく、健康管理の一環として体重を減らすことが必要であると認識していました。驚いたことに「太っていて何が悪い!」というのがほとんどの人の認識で、体重管理の重要性が社会的に明確ではなく、体重管理に目覚める社長はまれでした。ダイエットは、美容目的のみだったのです。
その平成4~5年の頃、日本でも欧米にならってようやく体重管理の必要性が叫ばれ始め、テレビ番組でダイエット系の番組が現れ始めました。しかし、その内容は、
「○○を食べれば痩せる」
というもので、日本国民のすべてがそのタイプの番組に洗脳され、
「食べる量を減らせば痩せる」
「体重を減らすためには、食べる量を減らさなければいけない」
という当たり前の原理に納得していなかったのです。
「何を食べれば痩せるのですか?」
という質問が目立ちました。
食品業界は、テレビ番組のスポンサーとして重要な存在でした。「食べる量を減らしなさい」というような、国民の食品摂取量を減らす内容の番組は、食品業界の機嫌を損ねます。だから、「○○を食べたら痩せる」という番組構成になるのはやむを得ないのですが、それにしても、国民への過剰な洗脳が行き届いていました。

病院の診療現場でもダイエット指導には本気で取り組みません。「体重を減らしてください」と口頭でしゃべるだけです。体重を落とさせる医療に健康保険が設定されていなかったのが一つの原因ですが、案外、医師の腹の中では、「太ってくれているから、病気になってくれて、俺たちの仕事が生まれるのだ」という思いが潜んでいたのかもしれません。そんな背景の中で、私は一念発起しました。
「そうか。ダイエット指導を医療行為の枠内で行えば、健康管理指導の一環として役に立つ。とりあえず、体重管理指導の達人になろう」
K社長と知り合ったのは、平成5年のことです。運よく、当時は医療用の食欲抑制剤「マジンドール」が認可されていました。K社長は運動しようと努力しますが、それだけでは体重は落ちません。食べる量を減らさなければいけないのですが、どのように説明しても、自分の意思で食べる量を減らすことができないのです。
「これは・・・、本能に働きかけることを突破口とするしかない」
そこで、K社長にこのマジンドールを使いました。そして、身体の変化、心の変化を観察しました。5kgくらいは落ちますが、それ以上はなかなか落ちません。
「そうか・・・。薬の力だけでは効果はたかが知れている。マジンドールは、健康保険上は、食事療法、運動療法に十分な努力を尽くしてから利用することとされているが、体重を落とすことの最終的な切り札にはなっていないのだから、それは間違えている。体重管理指導の入り口に利用しなければいけない。そして、その次のステップに、様々な工夫が必要なのだ。マジンドールの投与方法そのものも工夫が必要だ。食べることに関する本人の思い込みや信条を変化させる話法の研究は、もっと必要だ」
「何が必要になるのか」そして「どうすればその必要なものを満たすことができるのか」
以後、私はそれを徹底的に研究しました。K社長とは日常生活にくっついて、食べることに関する心の行きどころを悟らせてもらい、指導を積み重ねました。一緒に旅行に行ってダイエットへのさらなる取り組みを深めたりもしました。K社長は結局20㎏以上のダイエットに成功し、内服している薬は半減しました。そこからEPA体質への身体改良(後述)も行いました。

幸いなことに、K社長がダイエットに成功していく姿を見て、「我も、我も」と多くの希望者が集まってくれて、私の体重管理指導の研究は大いに進歩し、平成7年にはダイエット指導の原型が出来上がりました。その後も研究を深め、食べることへの工夫の一環として、クロムサプリメントや桑茶の開発へもつながりました。また、「食べる総量をシンプルに減らす」ことを意図して、「朝食を抜いたら痩せますよ」という主旨の「お医者さんが考えた朝だけダイエット」(三笠書房・平成12年刊)という書籍を執筆したところ、大ベストセラーにまでなったのです(60万部突破)。このような書籍が売れるということは、「体重を減らす」ためには「食べる量を減らす」しかないことが、国民にほとんど行き届いていないことを意味していました。

ダイエット指導の工夫のすべて、研究の成果のすべては、「マジンドールダイエットシステム」として結実しました。健康管理指導の一環としての体重管理指導は、ここに最高峰の診療システムを生み出すことができたのです。

プラセンタ医療を開拓した

私がいなければ、この世にプラセンタ注射は生まれなかった・・・?

 平成4年の頃、私は慶応大学の医学部においては、大学院生という立場で肝臓病学を研究していました。その関係で、肝臓病の治療薬はいろいろ勉強していました。肝臓治療薬の中で胎盤抽出物(通称:プラセンタ、医薬品名:ラエンネック)は、特殊な位置づけでした。
もともと肝臓の治療薬で、決定的に効果があるというものは、あまりありませんでした。効いているのか効いていないのかよくわからないけど、まあ、投与しておこう、というものがほとんどです。胆汁の流れをよくする薬はあり、これは効くようでした。

そんな中で、胎盤抽出物(以後、プラセンタエキス)は特殊でした。一言で言えば、肝臓の再生能力を高める、という効果でした。プラセンタエキスの中には肝細胞成長因子という成分が含まれているのです。肝臓は手術で半分を切除しても、いつの間にかほぼ元の形へと再生します。腎臓や心臓は再生しません。肝臓は再生するのです。プラセンタエキスには、再生可能な臓器の再生力を高める何かがあるのです。その何かに関して研究は十分に進んでおらず、未知でした。

健康管理指導をテーマとして開業した私には「病気でない人への医療システム」がいつも念頭にありました。時は平成4~5年。平成のバブル崩壊後の大混乱期で、街はやりきれない気持ちを飲酒で紛らわそうとする人たちで溢れていました。そして、飲み過ぎで体調不良を訴える人が多かったのです。私は、直感的に、その人たちにプラセンタエキス製剤を投与したらいいかもしれない、と思い、点滴での投与を開始しました。点滴で開始したのは、飲酒量増大により体内で欠乏するビタミン類も補給したかったからです。
その点滴を求める人が増えてきました。点滴を続ける人は、女性が多くなりました。女性に聞くと、「あの点滴を打つと、肌がしっとりしてつるりとなるのです。とても気持ちいいのです」とのことです。私は当初、その言葉を軽視していました。「ああ、そうですか」くらいの気軽な気持ちで受け止めていたのです。「命を守る」を業とする医師にとって、「肌が云々」というのは、取るに足りない話だったのです。
しかし、平成6年、7年、8年と、この点滴を希望する人がだんだんと増えてきます。「肌が若返る感じで、毎日がとても楽しくなるのです」という人がいました。その瞬間、私の脳内構造は変化しました。女性にとっては、肌の状態と日常生活の意欲が密接に関係しているということを知ったのです。来院者があまりに増えてきたので、場所と時間を要する点滴はやめて、筋肉注射で投与するようにしました。すると時間短縮になり、希望者はますます増えてきました。

そこで私は、プラセンタエキスの作用メカニズムを調査してみました。驚いたことに、研究成果的なものはほとんどありません。なんとなく、肝細胞の増殖能を高めるという程度のものです。もともと「エキス」というのは単なる抽出物のことで、成分そのものの構造式が判明し、単離されているわけではないのです。とにかく「抽出物」に過ぎないのです。だから、研究が進んでいなかったのです。
しかし、診療現場では、プラセンタ注射により、アトピー性皮膚炎が軽減する人まで現れました。「シミが薄くなる」「肌のくすみがなくなる」「肌の乾燥がなくなる」という人も大勢現れます。私はそれらの臨床経験から、プラセンタエキスの作用メカニズムの考察を深めなければいけません。
平成7~8年のその時点では、「肝臓の再生能力を高める」ことしかわかっていません。注射を打った人が話すこと、診察で感じた身体の変化から効能や効果を推定し、そのメカニズムを考察しなければいけないのです。
肌質の変化は、皮膚の細胞の変化と考えるしかありません。表皮細胞は、ターンオーバーを繰り返します。「くすみがなくなる」というのは、そのターンオーバーが早くなるからという仮説を立てました。「乾燥がなくなる。しっとりする」というのは、表皮細胞のセラミド合成能力が高まるからと推測しました。それらは、プラセンタエキスに表皮細胞成長因子が含まれていることを意味します。考えてみると、1個の受精卵を人の姿へと成長させるのに関連する因子は胎盤から供給されますので、その辺の作用はあって当たり前かもしれません。
「シミが薄くなる」のは、突然変異細胞の修復能力と関係していると推察しました。考えてみると、一つの受精卵は細胞分裂を繰り返して人の姿へと変化していきますが、間違えた細胞分裂もあるはずです。それが定着すれば奇形児になります。間違えた細胞は排除されなければいけません。プラセンタエキスには、間違えた細胞を排除するための因子が含まれているはずです。
臨床的に感じ取られる効能効果に対して、様々な仮説を立てて、その裏付け研究をすすめたのです。その研究成果は、月刊メディカルサロンにどんどん掲載し、やがて、「一週間スキンケア」(三笠書房・平成13年刊)を著して世に広めました。
この注射の希望者が日本中から集まるようになった平成14年以後は、「こちらから出向きます」の形式で、日本中にクリニックを開業したのです。日本の各地に「○○メディカルサロン」が開設されたのは、そんな事情によります。注射薬が医薬品名「ラエンネック」であることが知られ渡った平成17~18年以後は、日本中の美容外科、皮膚科、産婦人科でこの医療システムは執り行われています。
余談ですが、このような「患者が望んで注射してもらう」などの医療が広まることは、政府は望ましく思っていなかったようです。あくまで診療現場は、患者の病気の訴えを聞いて、医師がどのような治療を行うべきかを判断する場である、と思われています。患者側が希望して医師がそれを実行する、という行為そのものが政府の意にそぐわなかったのかもしれません。あるいは、私の独壇場であったことを妬ましく思っただけかもしれません。政府関係者が、「プラセンタ注射を広めたのはあなただから、あなたに責任をとってもらう」と怒鳴っていたのが、私の耳に残っています。

私がいなければ、今や日本中で行われているプラセンタ注射の医療は、この世に存在しなかったかもしれません。私の研究はさらに続き、血中の幹細胞の活性化に関与するという推論へと導かれ、背の伸びが止まりかけた子供の骨端線を再生させる、という目的での研究も大いに進めました。

EPA体質作りの医療システム

食生活が欧米化すると身体の何が変わるのか!
「EPA体質」「アラキドン酸体質」の名付け親になった

「食生活が欧米化して増えた病気がある」
日本人の皆が知っています。食生活の何かが変わったから、心筋梗塞、脳梗塞、大腸ガン、乳ガン、前立腺ガンなどが増えたのです。
しかし、人々が病気になった後の治療を行う医師にとっては、病気になる前のことにはあまり関心がありません。だから、「食生活が欧米化したなら身体の何が変わるのか」に関して、本格的な研究が進んでいませんでした。
「病気でない人への医療システム作り」を目指す私にとっては、この問題は絶好の研究対象となりました。

「食生活が欧米化して、摂取する食べ物が変わる。それが身体にもたらす変化とは」
最初は三大栄養素以外が気になりました。「米とパンの違い」「繊維質の多寡」「カロリー摂取の多寡」「特殊な栄養素」などです。しかし、別件で肥満を研究しているうちにあることに気づきました。それは、身についている脂肪には、自分が日常的によく食べている脂肪成分(脂肪酸)が多く入り込んでいる、というものでした。

三大栄養素に目を向けました。ご飯、パン、麺、イモなどの炭水化物は身体に入るとすべてブドウ糖になります。ということは、どれを食べても差はないことになります。肉、魚、大豆などのタンパク質はアミノ酸がつながってできています。タンパク質部分だけに目を向けると、人体に必要なアミノ酸は20種類だけで、その20種類が自己の遺伝子に応じて作り変えられます。ということは、20種類のうち不足するものがない限り、影響は受けないことになります。つまり、タンパク質部分のみをみる限り、体内に入ってしまうと肉も魚も大豆も同じなのです。
しかし、脂肪は食べた脂肪がそのままの姿(構造)で身につきます。それに気づいたとき、PDS会員の今までの食生活を丁寧に聞き出しながら、採血して脂肪酸分画を調査しました。そして、「食べた脂肪成分がそのまま身についた脂肪成分に影響する」という原理を発見し、食生活の変化によって体脂肪の脂肪酸組成が変わることを見出しました。

さらに、脂肪酸の中でも薬理作用を持つエイコサペンタエン酸(EPA:青魚に多い)とアラキドン酸(液体状の食用油に多い)の割合が、疾病構造に直結することに気づきました。平成7年に著した「一億人の新健康管理バイブル」(講談社)において、すでに良性脂肪、悪性脂肪の概念をつかみ、発表しています。平成8年以後、その発見を診療現場の治療システムに落とし込むべく、試行錯誤を続けました。その結果、自己の脂肪に入り込み、血中濃度に影響を与えているEPAとアラキドン酸を比較して、「EPA体質」「アラキドン酸体質」という単語を生み出したのです。
「食生活が欧米化すると、日本人古来の魚食民族としてのEPA体質が、アラキドン酸体質に変わっていく。そのために、心筋梗塞、脳梗塞、大腸ガンなどが増える」

では、EPA体質に戻すためにはどうしたらいいか?それを実践研究するうちに、サプリメント利用の有効性を採血結果の変化で証明し、青魚に多く含まれるEPAサプリメントを開発し、平成18年にはEPA styleという実践的な健康管理指導システムを築き上げたのです。

膵臓疲弊防止の医療システム

糖尿病の発症を後回しにするには、日常のインスリンの必要量が少なくても良い身体にすること。そのためには・・・?

米やアンコを好む日本人は、食後の血糖値の立ち上がりが早く、その血糖値を下げるために、より多くのインスリンを必要とします。その結果、膵臓におけるインスリン分泌の余力が低下し、糖尿病の発症リスクが高くなります。
私自身も父が糖尿病です。その私は夕方に低血糖発作を起こすことがしばしばですので、耐糖能(血糖値の調整能力)に問題があると実感しています。つまり、将来の糖尿病発症率が高いということになり、ある程度の覚悟を持つと同時に、その糖尿病の発症をできる限り遅らせるためにはどうしたらいいか、という研究心を持つことになります。
インスリンは膵臓で合成されますが、もし、膵臓における生涯のインスリン合成総量に限界があるとするなら、その限界を超えたときに糖尿病を発症することになります。
日頃の診療現場で患者を見ていると、日常のインスリン必要量の大きそうな人(肥満体、甘い飲み物大好きなど)が後に糖尿病(2型)を発症していますので、膵臓でのインスリン製造限界の問題は現実の問題として重視しなければいけません。

「膵臓でのインスリンの生涯限界合成量を超えた時に、糖尿病を発症する」とするなら、日常的に身体が必要とするインスリン量を減らすことができれば、糖尿病発症を抑えることができる、ということになります。つまり、未来に糖尿病を発症する運命を持っている人が、発症する年齢を遅らせることができる、ということになります。
このことは、日常生活に密着した何か、つまり日常的に常習できる何かで、人体が必要とするインスリン量を減らすことができれば、膵臓の疲弊を防止することができ、糖尿病発症年齢を遅らせることができるということを示しています。

そこで私が注目したのが、桑葉です。桑葉には、1-デオシキノジリマイシン(DNJ)という成分が含まれていることが知られています。このDNJは、二糖類を単糖類に分解する酵素(α―グルコシダーゼ)の作用を抑制し、その結果、食後の血糖値の上昇を緩やかにします。それは、血糖値を下げるために必要とするインスリン量を少なくできることを意味します。
もともと私は、マジンドールダイエットにおける副作用の口渇感を癒すための飲み物として、どんな飲み物がいいだろうか、という研究をしていました。そして、桑葉をお茶にするのがよい、という結論を出し、桑成分を含むお茶を開発していました。糖分の吸収を遅らせるので、ダイエットの補助にすることも可能になります。
体内で余ったインスリンは脂肪合成を進めるので、ダイエットのためには、膵臓が分泌するインスリンはできる限り少ない方がよく、それでいて、血糖値が上がり過ぎないようにされているのがよいです。ダイエットのためには、それが理想なのです。だから、ダイエット指導では桑茶を活用しています。

この桑茶を常用してもらえれば、未来に宿命化された糖尿病の発症を遅らせることができるのかどうか。この分野は壮大な研究テーマとなり、私はそれに取り組んでいます。私が日頃桑茶をすすめ、その桑茶を愛用してくれている人の人間ドックの結果を教えてもらったり、定期的に採血させていただいたりするのは、そういう理由によるのです。

免疫力を高める医療システム

日常生活内のシンプルな取り組みで免疫力を高めることができたら、それは、健康管理上、至高のことです

「ガンができない強い免疫力をもった身体」
「菌やウイルスに負けず、風邪をひかない丈夫な身体」
そんな身体にしたいというのは、皆が願っています。
ところが、免疫力が強いか弱いかというのは、それ自体が病気ではなく、病気治療の対象ではありません。免疫力が弱かった結果、発症してしまった病気に対して治療するのは医師の仕事ですが、後天性免疫不全症候群(AIDS)などの病気でない限り、「免疫力を高める」というのは、病気でない人への治療システムとなりますので、治療学に従事する医師の仕事ではなく、健康管理学の研究テーマとなります。

免疫力が強いか弱いかを見る時は、何を指標とすればいいのかが問題になります。私がこの研究に取り組もうとした平成10年頃、ナチュラルキラー細胞活性を採血検査でチェックできるようになっていました。まずは、PDS会員が、特に免疫力を高めるという意識をしてない生活の中で、その数字の変化を追跡調査することになります。ナチュラルキラー細胞はリンパ球の一種で、リンパ球の10~20%を占め、ガン細胞をやっつける機能を持っています。通常活性は50%前後ですが、30%以下なら免疫力が低いなあという印象になります。
特に何かの治療を施しているわけではない人のNK活性の数値の変化を見ていると、高値で安定する人、低値で安定する人がいますが、基本的には、けっこう変動が激しいことがわかりました。PDS会員の健康管理指導の現場では、当人の生活状態や心の状態を丁寧に聞き取っていますので、その生活状態や心の状態と照合して、数値変化を検討することになります。
すると、NK細胞の数値には、「心の状態」が鋭敏に反映されることがわかりました。「人間関係のもめごとを起こしているとき」「何かに追い立てられているようなプレッシャーを感じているとき」「飛行機が嫌いな人が飛行機に乗ったとき」など、心に嫌な何かがあると、NK活性は低下します。精神的に安定している人は、NK活性の数値はあまり変動しません。

その辺を分析しているうちに、免疫力を低下する5大因子として、ストレス、過労、睡眠不足、深酒、栄養バランス不良を私は見出し、月刊誌や書籍で報告しました。栄養バランス不良というのは、単刀直入に申し上げれば、タンパク質の不足です。肉類などのタンパク質の摂取が不足すると、NK活性が低下するのです。「高齢者は肉を食べた方が長生きしている」と言われますが、まさにその通りで、それは免疫力と直結しているのです。

さて、そのような基礎研究を経て、私は、何かの積極的な取り組みで免疫力を高めることはできないかを考えることになりました。そこで注目したのが、キノコ成分のβ(ベータ)-グルカンです。
実は、動物に腫瘍を発生させたうえでβ-グルカンを投与すると、その腫瘍が縮小または消失することが以前から知られていました。だから、β-グルカンには免疫力を高める効果があるとされ、シイタケの子実体から抽出されたβ-グルカンは、診療現場でも胃ガン患者などに注射薬として利用されていたのです。
このβ-グルカンは、シイタケやアガリクスキノコから抽出することができ、サプリメント原料になっています。それを人に投与したら免疫力を高めることができるかどうかは、当然私の重要な研究テーマとなりました。注射薬ではなく経口投与ですので、効果のほどは不明です。注射薬なら体内に確実に入りますが、経口投与の場合は腸から吸収されて、体内に入るかどうかわかりません。また、どれくらいの量を投与したらいいのかも、まったく不明です。
この場合難しかったのは、免疫力の上昇や低下の指標です。NK活性は心の状態の影響を受けすぎるので、当てになりません。何を指標にしたらいいのだろうか?悩んだ結果、ふと思いつきました。
「そうだ。口内炎を指標にしよう。口内炎は、ウイルスが原因であると示唆されるデータが相次いでいる。免疫力が低下すると、人体に常駐しているヘルペスウイルスなどが活性化して、ちょっとしたことで口内炎ができてしまう。1~2か月ごとに口内炎を繰り返している人がいる。その人の口内炎発症の頻度を調べると、β-グルカンの免疫増強効果の指標となる」
これは価値ある着眼です。人体に常駐しているウイルスや菌は、免疫力の低下に応じて増殖を始め、その際に人体に倦怠感、疲労感、口内炎、口唇ヘルペス、陰部ヘルペス、帯状疱疹などをもたらします。ということは、周期的に常駐ウイルスが増殖して何かの症状を出している人がその症状が出なくなった時、免疫力は高まっていると判定することができます。

今、私は、この研究をすすめています。私にすすめられて、β-グルカンを摂取している人がいますが、摂取している人の大半が、口内炎ができなくなったと言っています。さらに大規模に調査してみるつもりです。
なお、最近は、β-グルカンは腸から吸収されて効果を出すのではなく、腸内から腸壁のパウエル板に働きかけて効果を出しているのだろう、という仮説を立てています。

成長ホルモン医療システム

意欲を高め、活動的になる。 体力、容姿を若返らせる

平成12~13年の頃、PDS会員のNさんが、診療中に、カバンから一本のスプレー剤を取り出して、私に語り掛けました。
「先生、これ、アメリカの薬局で買ってきた成長ホルモンのスプレー剤です。舌の下に吹きかけます。使っているとお腹がへこんできたのです。よく眠れて、体調も良くなる感じがします。気分が明るくなる感じで、物事が億劫でなくなります」
「ほう、アメリカで、市販しているのですか?」
「知人と一緒にその薬局に行ったのですけれど、話を聞いた店員は、奥の方に行って、このスプレー剤をこっそり取り出してきたのです。市販はしていないみたいです」

怪しい話だな、と思いながらも、私は強い関心を持ちました。「気分が明るくなる感じで億劫でなくなる」という部分です。病気でない人に対する医療システムを研究している私にとっては、暗く沈んで生活意欲を失っている人を、明るく活動的にしてあげる、というのは、重要なテーマになるからです。
「しかし、成長ホルモンは舌下吸収されるのだろうか? なにせアミノ酸191個もつながった大分子だ。調剤過程で輸送担体が添加されているのかな?あるいは舌下腺付近は大分子を吸収する能力があるのかな?研究をすすめる必要があるな」

それが、成長ホルモンの舌下投与スプレーを初めて知ったときの私の思いでした。添付書類を見て、その製薬会社を確認しました。さてそこからです。思い切って、その製薬会社に国際電話をしてみました。先方は、私の素性を必死に聞いてきます。当時、ベストセラーを世に出していたので話はスムーズでした。交渉はまとまり、スプレー剤の中身8リットルを12万ドルで譲ってもらうことになりました。「先に振り込め」と言ってきます。この大金を振り込んでも、モノを送ってこないかも知れない、という疑心がありましたが、勇気を出して、振り込みました。ちゃんと届きました。
分析センターに出して成長ホルモンが含まれていることを確認した後、届いた原液を自分で試しました。すると、投与直後に、クラっとめまいがして、倒れ込んでしまいそうになります。
「なんだ!この副作用は。濃度が濃すぎるのだろうか。しかし、間違いなく吸収されている」
さあ、私の猛研究が始まりました。そこから先の話は、極秘ですので話せません。
この成長ホルモンのおかげで、「気力、体力、容姿を若返らせる医療」を研究し、実践していく突破口を得ることができたのです。
投与直後に血中濃度がスパイク状に高まることも確認し、直後の副作用が現れない範囲で、効果を発揮できる最大効率性の濃度もつかみました。

以後、診療そのものが研究の場となりました。舌下投与剤と注射薬では作用が異なることにも気づきました。注射薬は、成長ホルモンが肝臓で変換された後のIGF-1の作用が強く現れるのに対して、舌下投与では成長ホルモンそのものの作用が強く出るようです。今でも、この素材の研究は続いているのです。

軟骨の衰えを防止する医療

グルコサミンなどの軟骨原料をどのように活用するべきか

「90歳を超えても自分の足でどこにでも行ける」「90歳を超えても意欲高く」を実現するためには、身体の不自由がなく、元気に動き回れる、ということが必須になります。
動き回れなくなる原因として重要なのは、主に二系統あります。

一つは脳梗塞などの神経系の問題です。全身の筋肉の動きを支配しているのは、大脳の頭頂葉のエリアと小脳の連携作用によるもので、この部分の機能が低下すると、身体の動きは思うようにいかなくなります。もちろん、大脳と小脳の命令を伝える脊髄にダメージを受けても、身体は不自由になります。
もう一つは、筋骨格系の衰えの問題です。膝や腰が痛いから思うように動けない、筋肉の力が衰えたから思うように動けない、という問題です。日常生活の中で、この衰えを自然に防止できる方法を考えるのは、健康管理学上の重要課題です。
その点に関しては、私は成長ホルモンの効用を重視していますが、同時にもう一つ重視しているものがあります。それが、軟骨原料であるグルコサミンです。
「膝が痛い」など、関節の痛みの原因で重要なのは、軟骨の擦り減りによるものです。もちろん、リウマチや痛風、偽痛風、打撲、捻挫など病気やけがなどの原因による「膝の痛み」も多々ありますが、加齢に伴う衰えが原因となり、健康管理の取り組みで防止可能なのが、軟骨の擦り減りですので、健康管理学を研究している私の立場としては、軟骨の擦り減りが最も重要課題となります。軟骨は関節面での骨の表面を覆っていて、擦り合わせの部分でクッション的な役割を持っています。だから、若い時に、激しくスポーツに取り組んだ人、重い荷物を運ぶ仕事をした人は、軟骨が擦り減りやすくなります。
軟骨は、「グルコサミノグリカン」でできています。これはグルコースとアミノ酸がつながってできています。日頃の食生活でアミノ酸や糖はしっかりと摂取されています。しかし、軟骨は衰えます。日常的に、摂取されていないのは、グルコサミンそのものです。グルコサミンをサプリメントで投与したら軟骨はどうなるのか。興味ある課題となって当然です。

軟骨の擦り減りが原因で発症している変形性膝関節症の痛みの軽減に、グルコサミンの経口摂取が有効であるという医学報告が相次ぎました。どれも信憑性の高い報告です。診療現場では、鎮痛剤や抗炎症薬を使った対症療法が中心であり、また、あまりに重度のものは手術しますが、軟骨の実体であるグルコサミノグルカンの原料を投与するという根本治療はありません。そして、私の診療経験でも、グルコサミンを投与すると痛みがなくなったという人がたくさんいます。整形外科でいろいろな治療を受けても治らなかったという人でも、グルコサミン投与で治ってしまう、という人がかなりいるのです。
ある一定の年齢以上になった時に、軟骨の衰えによって発症する諸症状や諸病気を抑えるために、グルコサミンの経口投与を絡めたどのような治療システムを実施するのが最も優れているのか。これは健康管理学上の重要課題であり、私が真剣に取り組んでいるテーマでもあります。
診療現場でグルコサミンサプリメントをすすめることがありますが、未来の健康像を念頭に置いてのことなのです。

子供の背を伸ばす医療システム

小児科の未熟領域、未達領域(=低身長治療)を大進歩させた

 成長ホルモンの研究に取り組み、舌下投与スプレーを実践的に使い始めた時のことです。あるPDS会員から、質問を受けました。
「その成長ホルモンを使って、子供の背を伸ばすことはできますか」
私はこの質問に面食らいました。成長ホルモン分泌が病的に少ない子供の治療として成長ホルモンを注射で投与すると背の伸びがよくなるのは確かです。また、巨人症といって、子供のころから成長ホルモンの分泌過剰症の患者の背が高くなるのも確かです。しかし、副作用を考慮しなくていい範囲で成長ホルモンを投与したら子供の背の伸びがよくなるかどうかは、やってみなければわかりません。投与した分、自己成長ホルモンが減少したら意味がありません。
「そうか、病気でない人に施せる医療として、こんな分野もあったのか」
それに気づいたのが、平成12~13年でした。

この分野における小児科領域の取り組みの現状を調べてみると、これがまったく進歩していませんでした。食べる量が極端に少ない子供の背の伸びが悪いのは経験的に当然だったのですが、そのことさえ診療に加味されていません。
「奥手の子は最終的に高くなる」
「思春期が早く始まると、背の伸びが止まるのが早くなる」
などは知られていましたが、「どれくらいならどうなるか」などの分析がまったく進んでいません。「男の平均身長は、171㎝で女の平均身長は158㎝、その差は13㎝。それを2で割ると6.5cm。だから、両親の身長の平均値±6.5cmが息子、娘の予想最終身長」などの予測話を知ったときは苦笑しました。子供たちを一つの集団としてしか見ることができていないのでしょう。
なぜ研究が進んでいなかったのか。
私は、これも健康保険制度の弊害であるとすぐに気づきました。-2.5SD以下で内分泌不全があったときにのみ保険で治療できるなどの制度があるから、その範疇に入るかどうかを調べることだけが診療現場の仕事になってしまったのです。

私は、多くの来院者の幼少時の頃からの毎年の身体測定の結果を提出してもらって、身長が伸びてきた経過を徹底的に分析しました。すると、第二次性徴期に入るとよく伸び出しますが、それがほぼ2年間に限ることがわかりました。その後、およそ3年間かけて止まっていくことにも気づきました。その3年間は、1年ごとに4~5㎝、2㎝、1cmです。
そこで、「よく伸びる2年」「止まりゆく3年」と命名しました。そして、その合わせて5年間は子供の食欲が高まり、男はほぼ25㎝、女はほぼ22㎝伸びることにも気づきました。それに気づいたら、子供の身長の未来像を予測することができます。すると、その予測に基づいて、子供の身長を伸ばしてあげる指導をすることができます。
止まりゆく3年で急に止まってしまう子供がいます。それを分析したところ、毎朝、納豆を食べている子に多いことにも気づきました。大豆のイソフラボンは女性ホルモン用作用を持ちますが、それが性発育を急速に進めて、背の伸びを急停止させているのだと気づきます。この時期は大豆食品を中止しなさい、と指導しました。書籍やインターネットでも広めましたので、今では、多くの人が知っています。
小学校時代に伸びが悪い時期がある子供がいます。その原因を分析しました。すると「激しく運動した後に食欲が低下してしまう」が大きな原因であることにも気づきました。運動したら食欲が高まるというのは大人の論理で、子供の場合は、運動してヘトヘトになった結果、食欲が低下してしまうことがあるのです。
極端に伸びが悪くなった1年があれば、その時のことを思い出してもらいました。大抵は「いじめにあっていた1年」あるいは「友達との人間関係に悩みを持っていた1年」です。丁寧に聞き取る中で、そのような背の伸びが悪くなってしまう原因を分析し、子供の背を伸ばしてあげるための生活指導体系を築き上げました。その過程では、栄養素(サプリメント、特にアルギニン)による治療が有効であることも発見しました。

さて、次は、背の伸びが止まりかけている子供をどうやって伸ばしてあげるかです。この分野で、私は偉大な発見をしました。成長ホルモンを注射で投与しても伸びないのですが、舌下投与スプレーで投与すると、伸びだす子供がいるのです。一言で言えば、注射とスプレーの作用の違いです。私のもとには多数の治療希望者が集まってきましたので、様々なトライアルができ、多角的に研究をすすめることができました。
11歳で生理が始まって、14歳以後はまったく伸びていなかった女の子で、16歳から治療を初めて9㎝伸びた子もいます。小学校4年生で声変わりした13歳の男の子で、近所の病院で骨端線が完全に閉じていると言われたけれども、そこから10㎝以上伸ばした子供もいます。レントゲン上で骨端線が完全に閉じていたのに、そこから5年がかりで8㎝伸ばした男の子もいます。「背の伸びが止まってしまった」といって来院して治療を開始した親子には、それらの成功例のカルテを一緒に見せながら、骨端線を再生させて伸びる力を再獲得する方法を検討し合っています。
成長ホルモンの舌下投与スプレーと注射では効果が異なることの確信を持ったのは、次のような症例の存在です。
ある患者は、止まりゆく3年の中盤手前から、他院で成長ホルモン注射に取り組みました。中盤手前だと2㎝伸びる1年と1㎝伸びる1年が残っていますので、治療しなくてもあと3㎝伸びるところを治療によりどれくらい伸ばしてあげられるかが治療成果になります。その子供は、最初の1年のみ4㎝伸びて、その後、5か月間、伸びがまったく止まってしまいました。そこで私のもとに相談に来たのです。舌下投与スプレーに切り替えたところ、そこから7㎝伸ばしています。
他院で「骨端線が閉じているからもう伸びない」と断定され、その後、さらに他院で成長ホルモン注射を打ったけれども伸びなかった。しかし、私のところに来て、舌下投与スプレーを開始したところ2㎝以上伸びた、という症例はたくさんあります。
注射とスプレーの作用の違いは明らかです。それがどのようなメカニズムに基づくかに関して、私は有力な仮説を立ててその検証活動を行っています。

たくさんの症例を分析しながら、より多く伸ばせる確率を高めていく治療方法を考え、子供の背を伸ばしてあげる治療体系を新たに築くのは、私の使命ともいえる研究テーマです。

栄養素品処方の診療システム

栄養素に効果がないはずがない
十分な効果がある栄養素を「第4栄養素」と命名した

私は医師ですから、医薬品を自由自在に使いこなすことができます。医薬品というのは、自然界にありきたり的には存在しなかった、病気の治療を行うための人類の叡智の結晶物と言っても差し支えありません。しかし、自然界で人の生活に溶け込んできたものではありませんので、副作用の問題に気遣わなければいけません。だから、治療する時は、病状を軽減、治癒させるメリットと副作用のデメリットを天秤にかけることになります。医師は、頭の中でいつもそれを考えています。それが医薬品というものです。

「病気ではない人への医療システム」を築こうとしている私にとって、医薬品の多用は避けたいのです。自然界に存在するもので、人類の生活に密着してきた食品成分を使って、「90歳を超えるまで、頭脳明晰で、意欲高く、自分の足でどこにでも行けて、見た目の姿は50歳」の実現の助けになるものがあれば、それがいいにきまっています。そのように考えるのが自然ですから、自動的に栄養素品(サプリメント)に注目することになりました。
人類は、口から摂取してきた栄養素だけで、700万年に渡って種を存続させてきたのです。栄養素の効果や効能のおかげです。副作用リスクを考えずに、そして、積極的予防医療の観点で役に立つ栄養素品を開発するのは、私の使命となりました。

最初に注目したのは、ミネラルのクロムでした。クロムのことは医学生の頃は勉強したのに、医師になってからはまったく耳にしなくなりました。なぜなら、医薬品になっていなかったからです。医薬品になっていれば、何かと教えてくれる人が医師のそばにはいるのですが、医薬品になっていないものは、誰も教えてくれません。だから、医師が自ら勉強し、研究するしかないのです。
欧米の論文を取り寄せて、調査研究を進めました。食品成分の範囲で、健康管理上の十分な有効性を発揮できることがわかりました。特に、ダイエットに役立ちそうなのです。人体には褐色脂肪細胞という脂肪細胞が存在します。これが別名でクロム親和性細胞といわれ、クロムと反応して活性度が高まり、血中のブドウ糖を取り込んで熱に変えるのです。だから、人体のエネルギー消費量を増やすことができます。ダイエットには、いかにも有効そうです。
実際に、ある工場と提携して、サプリメント商品として作ってみました。そして、PDS会員に試してもらいました。
「先生、あのサプリメントを摂って運動すると、ものすごく汗がでるね」
この一言を聞いた時は、心の底から嬉しさが込み上げてきたものです。

病気治療の診療現場は、栄養素を軽視しています。そういえば、私が医師になった平成元年の頃、漢方薬は軽視されていました。しかし、平成6年頃に漢方薬の副作用問題が現れて以来、「漢方は効く」と医師に認知されるようになりました。そして、以後は漢方薬の利用範囲が広がっています。
医師たちは、今は栄養素品(サプリメント)を軽視していますが、そのうち必ず重視する日が来ると、私は信念を持つに至りました。次々と開発を進めると同時に、利用の仕方、利用をすすめるときの説明の仕方に工夫を積み重ねました。診療現場で私が考えて開発したので、「お医者さんが考えた」「診療現場で生まれ育った」を標榜することになります。そして、四谷メディカルサロンという診療所で使用しますので、「メディカルサロンブランド」と命名することになりました。

私は診療現場で来院者を診察しながら、栄養素品を利用しています。ということは、その栄養素品を使用しながら、身体の変化を観察しているということになります。本人の実感、血液データの良化が見られない限り、その栄養素品は定着しないことになります。つまり、長く利用してもらえる場合、効果効能の証明があるということになるのです。
栄養素品業界の未来を考えて、十分な効果効能が認められる栄養素成分に対して、「第4栄養素」と命名しました。
「病気でない人への医療システム」は、そのまま「健康管理指導」という医療体系になりますが、医師のスタンスとしては「治療は医薬品で。健康管理は、指導と栄養素で」となるのが大原則です。
私自身がさらに診療へのサプリメント利用の研究を推し進め、医師は、「左手に医薬品と手術、右手に第4栄養素」を持って患者と接する。そんな医療社会を作らなければいけない、と思うに至っています。

ところで、先進国では、栄養素品(サプリメント)市場が巨大化しています。健康を守るためにサプリメントが必須であると思われているのです。日本は、その分野では立ち遅れています。健康保険制度のおかげで少ない自己負担で治療してもらえるので、「病気になってもまあいいや」「病気になってから考えればいいや」という油断心理があるからかもしれません。しかし、今後は日本でも、栄養素品市場が巨大化するかもしれません。
その市場を予想して、厚労省や消費者庁は、自己の利権下に配するべく様々な手を打っています。その手の中に、「医師をこの市場から排除する」の思惑も見え隠れします。
しかし、国民のためを考えれば、その思惑は望ましいものではありません。地域に密着している医師会系の医療機関は、地域住民からの「どんな栄養素品がいいでしょうか」の質問に答えられるようになり、その栄養素品は、医療機関から提供されるようになるべきなのです。いや、むしろ、効果効能のある栄養素品は、医療機関からのみ購入できる、という法体系にするべきです。地域住民が、「どんなサプリメントがいいか聞いてくる」と言って、近所のクリニックに訪ねていける未来を作らなければいけないのです。

医療の高度化が進み、大学病院、公立色の強い病院とは圧倒的な格差が生まれてきた医師会系の医療機関は、
「プライマリーケアと健康維持増進の指導」
に焦点を当てるべきなのです。そんな未来を作るために、私は診療現場における栄養素品活用のノウハウを高めるための努力を続けています。健康管理指導を志す医師は、私が築いてきた道をよく学び、来院者と心を通じ合わせる医療を展開し、栄養素品を巧みに利用できる技量を身につけてほしいと思っています。
それが、行き詰まりつつある医療財政の打開策にもなるのです。

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03-3225-1515
院長:風本真吾

略歴

平成元年 慶應義塾大学医学部卒業
2年間研修医を経て同医学部内科大学院へ
平成4年 四谷メディカルサロン(現四谷メディカルクリニック)開設
現在に至る